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スローニン (吉田 聡) 小学館(大都社)
なんだかエラく間を空けてしまいました。ごめんなさい。

今回ご紹介するのは吉田 聡の「スローニン」です。
吉田 聡といえば、古くは「湘南爆走族」近作では「荒くれKNIGHT」などで知られる作家ですが、「湘爆」から「荒くれ」の間にある作品について、あまり多くを語られていないような気がします。

そこで取り上げたのが「スローニン」なんですが、この作品は「湘爆」終了後しばらく経ってからビックコミックスピリッツに連載されました。初の青年誌連載です。
僕は吉田 聡のベストを挙げろと言われたら迷わずにこれを挙げます。それほど僕にとって思い入れの深い作品です。

主な登場人物は、元甲子園球児で、現在大学2浪中の「ラッキュー」こと諏訪 大吉、そして元超高校級ラガーマンで、現在何でも屋として放浪中の「コッセツ」こと武藤 兵庫、この二人を軸としてお話が展開してゆきます。

ある日チンピラにカラまれているラッキューのピンチを、ふとしたきっかけでコッセツが救ったところからお話は始まります。
何時の間にやらラッキューの下宿先に居候して何でも屋稼業を始めるコッセツ。浪人生であるラッキューは当然イイ顔をしませんが、持ち前の人の良さからついついコッセツの手伝いをするハメになります。 

ところで二人の珍妙なあだ名についてですが、ラッキューとは落球の事で、甲子園決勝戦において、ライトフライを落球し、逆転負けを喫してしまったが故に付けられた不名誉なあだ名です。
同じくコッセツも、ゴールに向けてトライを決める直前に敵チームのディフェンスを何人も引きずったままゴールポストに激突してしまい、体中を複雑骨折してしまった為に付いたあだ名です。

この二人に共通していることは、あと一歩という所で栄光を攫めず、不完全燃焼のまま十代を終えてしまったという所です。この報われない十代という設定は今までの吉田漫画には無かったもので、「湘爆」以後の「物語」を積極的に書いて行こうという作者の意気込みの感じることが出来ます。

「湘爆」のように学校というある意味守られた空間ではなく、高校を卒業した後も辛い過去に囚われたまま二十歳になってしまった、そんな登場人物達の焦りと足掻きを吉田 聡は「スローニン」で描こうとしたのです。

ラッキューもコッセツも不器用な若者です。相手に気持ちを上手く伝えられない、解って貰おうと一生懸命になっても、思春期特有の妙なプライドが邪魔をしたり、向こうから折れてくれることを期待してしまいます。この「不器用さ」というものを描くことが吉田 聡は天才的に上手いです。男同士の不器用な友情を描かせたらこの人が一番だと思います。

「スローニン」とは結局、報われない十代を過ごし、今でもなお足掻いている人達全ての総称でもあります。今の時代でしたらモラトリアムと言う便利な言葉がありますが、スローニンにはモラトリアムという言葉に漂う諦めの感情がありません。もっと積極的な、理想としている自分に一歩でも近づきたいという前向きさを感じます。

個人的に反吐が出るほど嫌いな言葉に「自分探し」というモノがあるのですが、ラッキューもコッセツも本当は自分の理想は自分の中にしか無いということを知っているのです。二人ともきっかけを見つけた後はもう迷いません。ラスト近くに、コッセツが浜辺に大きく「さよなら」と書いて海に流した後、今度は「オレはここだ!」と書く場面があるのですが、これなどはその代表と言えるでしょう。

もう一つ特筆するべき事として、この作品には「夏」が大きく取り上げられています。
夏のうだる様な暑さと、眩しい日差し、道の先で霞む蜃気楼など、どんな季節に読もうとも、読み手に強く夏をイメージさせます。これは「スローニン」のもう一つの持ち味として印象を残します。

僕がこの漫画を初めて読んだのはもう十年も昔のことですが、何度読み返しても変わらない夏の匂いを感じます。十代の頃よりも時間が経過している分、突き放した目で読めるかと思ったのですが、二十代も終わりに近い今現在の方が感慨深かったです。オッサンになったといえばそれまでですが。

もし、僕のこんなレビューでこの漫画を読んでみようと思ってくださったなら、一度全部読んだあと、何年か経ってから読み返してみてください。思い出はたとえそれがどんなものであれ熟成し深みを増して行くものだ、ということが解ります。

誰にでも十代という特別な時期があって、その中で得たものは重い荷物となってその後の人生に圧し掛かってきます。当時は投げ捨てたくなるような荷物でも、時が経つにつれほろ苦い懐かしさを感じるようになります。不思議ですね。

十年経った今読み返してみても、ラッキューはラッキューで、コッセツも相変わらずでした。当たり前なんですけど。でも、この変わりなさが逆に「スローニン」を古びさせずに残しているのです。まるで十年来の友達にあったような気持ちでした。

もうじき夏が終わります。一年の内でちょうど今が旬の漫画です。宜しければ、是非。
来年から少しだけ夏が待ち遠しくなること請け合いです。


(真縞)


| 真縞 | 13:43 | comments(3) | trackbacks(0) |
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コメント
このレビューを読んで、スローニン買いました。
吉田さんって、そのときしかない時間や空気を見事に封じ込めるんですよね。
面白い作品でした。
| たか | 2007/10/18 9:54 PM |
19才の夏、友人がやたらと褒めていたのを忘れかけた頃にバイク(CBR400F:吉田さんも乗っていたバイク)で書店に買いに行きました。もうあれから、随分と月日も立ち、環境も変わりましたが、今でも大切に持っています。
仰るとおり、夏を強くイメージさせるこの作品は、購入当初の時期とシンクロして、読み返すたびに心地よい懐かしい気分になります。
| CBR400F | 2012/10/08 8:58 PM |
吉田聡は、スローニン以外読んでいませんが、よみまんさんがベストだと言って下さるのはうれしいですね。
大学のとき連載していましたが、ラッキューがコッセツのラグビー部の監督だった人にコッセツのことを語るシーンは何度読んでも涙が出ました。自分の中に燃焼できていない部分がありそれがひっかかること、しかし、その燃焼しきれていない部分を放っておいて前には進めないこと、青年が持っているもどかしさを見事に表現していました。
私にとっては、マンガの中でナンバー1の作品です。
| ニースケンス | 2013/01/04 3:54 PM |
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